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猫→gitoさん URL 2007-12-12 (水) 22:54

アダルティーgitoさんから、そのような言葉が聞けて、
とても嬉しく、そしてありがたく思います。
フェイチャン ガンシエ。
↑中国語です(笑)

gito URL 2007-12-12 (水) 11:47

素敵な独り言、ありがとうございます。
グッときました。

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行間を読むことと、シンクロ。

 
Synchronicity

久しぶりに、新聞配達のカブの音を聞かずにBEDに入った。
なのに、やはり快調な朝は迎えられない。

今朝は、猫ハハが検査とやらで病院へ向かったため、
朝から、洗濯やらゴミ出しの作業に追われる。

午後からは、札幌へ向かう。
夕方18時過ぎからの授業。
帰宅予定は、22時。
これも、無事、電車に間に合えば、の話で、
1本乗り損ねただけで、1時間以上のロスになる。

慎重に時間配分をせねば。

朝から、軽い決意で書籍や論文を取り出す。
ゆうべ、途中で投げ出した作業に向かうために。

1時間、座っていると、背中が苦しくなる。
10~15分の休憩を挟みながら、再び机に向かうも、
時にして、集中力を欠く。

そういう時こそ、ブログである。

という長い前置きで始まった、
本日の出戻りぼやっき日記ですが、
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

さて。

そういうわけで、今晩はブログを書けそうにもないし、
ゴミ収集車の軽快な音楽が聞こえる爽やかな午前中に、
ブログを書くことにしたのだ。

実は、この間から、書こうと思っていたことがあったのだが、
いざ、ブログ管理画面を立ち上げると、
すっかりそのことを忘れていたり、
毎日の何気ない出来事に流されていた。
そんな中、先日、ちょっとお話しした方の中にも出てきたり、
他のブログの中にもその言葉が使われていたりしたのを見て、
そうだ、今日、書こう、と思ったのだ。

何を書こうと思っていたかというと、
それは、

シンクロする」と「行間を読む」

ということ。

昔、仲良くしていた若い女の子がいた。
彼女とは、初対面の時から、
なんとなく気が合うような、そんな気がした。

なぜ、その彼女と気が合うのではないだろうか?

と思ったかというと、それは、
多くの言葉を交わさずして、言わんとすことが伝わる。
ぼんやりとした感覚ではあったが、
そんな気がしたからだった。

その後、彼女とは離ればなれになり、
時間の中で、もう会うことはないだろう、
という存在になったが、
この彼女との出会いのように、
人と出会には、「この人、いいな」とか、
「この人と気が合うかな」とか、
「この人、好きだな」と思う瞬間があると思う。

こういう感覚は、たぶん、直感的だと思うが、
脳科学者の茂木健一郎氏が以前、テレビ番組の中で、

直感は、これまでの経験や知識などが、
 一瞬にして繋がる素晴らしい感覚だ」

のような内容で、人間の持つ直感というものを、
とても肯定的に評価していた記憶がある。
人との出会いにおいて、ぐっと惹かれたり、
またその逆を感じるのも、
この直感に下支えされているのだろう。

と同時に、その人それぞれの嗜好も関係しているはずである。
どんな人がタイプで、どんな人が好みで、
どんな人を尊敬するのか。
自覚しているか否かは別として、
そんな基準が、きっと自分の中にあるように思う。

もしかすると、この直感の中に、
もう既に、これらの嗜好や尊敬などの尺度が、
しっかりと組み込まれているのかもしれない。

人に出会ったとき、
人と会話をしたとき、
その人の考えを聞いたとき、
誰かの想いに触れたとき、
いろんな場面で、相手について思う。

好きだとか、嫌いだとか、
面白いとか、そうではないとか、
尊敬できるとか、できないとか。

そんなことを考えていたときに、
じゃあ、自分はどうだろう?とふと考える。
漠然とではなく、敢えてはっきり言葉にして、
自分自身のそれを考えてみる。

シンクロする」「行間を読む」

そのとき、この言葉を思い出した。
行間を読む」のが好きだ、などというと、
それはまるで日本人の悪しき習慣、
「察しの文化である」とイコールで、
このグローバルな時代にそぐわないと否定されそうだが、
察しの文化は、文化背景を共有しているからこそできる、
一種の高度な技でもあるはず。
現に、高コンテキスト文化の人々は、
ある種、高いコミュニケーションスキルがある、
という話も聞いたことがある。

だから、あたしは、この行間を読む行為が決して嫌いではない。
察しの文化も、また然り。
これらの行為には、単に文化を共有しているだけではなく、

相手を慮る

という、思いやりの精神も必要だと思うからだ。
それが伝わってくると、お互い、言葉を多く交わすようになるはず。
人は、言葉によって、はっきりと見えることが多くあるが、
実際のコミュニケーションにおいては、
言語の持つ力は3割、いや、1割にも満たないという人もいる。
ノンバーバルの力は、言語を超えるのかと言われれば、
そうだ、と言えるほどの知識も論拠もないし、
そうだ、と言えるわけではない、とも思うので、
なんとも言い難いが。

いや、もしかすると、言葉にはそれほどの割合しかない故に、
時として、人の心を励ましたり勇気づける薬となり、
また時として、人の心を悲しいほどに傷つける、
そんな凶器ともなりうるのかもしれない。

しかし、どんな言葉を発するのか、それは、使用者如何であろう。
ゆえに、洞察力や慧眼力に思いやりが加味されたとき、
それが、「察し」となり、「行間」となるのではないだろうか。
言葉を使う人と、受け手の関係を構築する際の、
1つの要素としては、とても興味深く感じるのだ。

そして、もうひとつ。
シンクロする」ということ。

心理学者ユングの「シンクロニシティー」、
日本語でいうところの、共時性だと思うが、
これもまた、人との付き合いにおいて、
非常に興味深いことだと思う。
そしてあたしは、この「シンクロ」する、ということが、
行間を読む」こと同様、嫌いじゃない。

偶然の一致。

それがシンクロだと言われる。
そんなことは、普通では考えられないし、
あり得ないような一致だ、と思っても、
実は、それが、自分の知らない世界で、
1つの法則にのっとって繋がっていたとしたら、
それは、偶然の一致ではなく、

必然の一致になる。

偶然は、楽しい。
想像を超えた出来事のように感じる。
でも、もしそれは、偶然ではなく必然であったら。

なお、面白い。

そう思うのだ。
いろんな人と出会って、シンクロした瞬間、
「なんか、嬉しいな」と感じたら、
それは、偶然の喜びに見えた、
実は、必然だからかもしれない。

あたしは、言葉を交わし、
相手の思いを、考えを聞くのが好きだ。
伝えることだって、嫌いではない。
言葉は、とても重要なアイテムだと思う。

けれど、行間を読めない、いや、読まない、
察する意思のかけらもない言葉には、
まったく興味がもてない。
それは、上述の通り、
思いやりや優しさを感じ取れないからであり、
なにより、自分勝手だからだ。

自分勝手は、悪いことではない。
ただ、あたしは、行間の読める、
察する力を持ち合わせた自分勝手さが好きなだけ。

これは、個人的好みの話である。
他の人が、そうであるか、どうか、
という話ではない。
そう、単なるあたしの個人的嗜好の話だ。

だから、実際、自分の生活の中には、
そういう、行間を読める人がたくさんいるように思う。
相手を慮って言葉を発する、
受け手の心を思いやって話をしてくれる、
自分の気持ちや考えと、受け手の心をはかることができる、
そんな魅力的な人がたくさんいるのだ。

それは、旧知の友に限ったことではなく、
決して深い付き合いではない新たな出会いの中にも、
存在しているのだ。
もちろん、このブログを通しての付き合いの中にも、
そういう人々がたくさんいる。

プライベートは、仕事ではない。
強制的ではない。

だから、好きな人、尊敬できる人、興味深い人、
時に直感的に、時に実感として、
そう思える人々としか、お付き合いしたいとは思えない。
いや、実際、そう思えない人とは、

続かないのだ。

年々、そういう想いが強くなっているように感じるのは、
やはり、年齢を重ねてきた故のことだろうか。

頑固ばーさんになる日も、そう遠くないのかな。

さて。

あたしは、今日もそんな魅力的な人たちに会いに、
札幌へ行く日。
大学院へ研究生として通う日々は、
単に学びだけではない、たくさんの、
そして、多くのオプションがあるのだ。

よし。
中断した作業を再開して、頑張ろう。


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↑いつもありがとうございます。


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猫→gitoさん URL 2007-12-12 (水) 22:54

アダルティーgitoさんから、そのような言葉が聞けて、
とても嬉しく、そしてありがたく思います。
フェイチャン ガンシエ。
↑中国語です(笑)

gito URL 2007-12-12 (水) 11:47

素敵な独り言、ありがとうございます。
グッときました。

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