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猫→村上吉文さま URL 2009-01-21 (水) 00:02

> ご紹介いただき、恐縮です。

いえ、いつも、勝手にリンク、すみません。
今回も、自分にとって、なんか、
タイムリーな話題だったもので、
ほんと、すみません;;;

> ところで、今月の26,27,28日の三日間、恵庭にいるんですが、お忙しいですか?

え!?恵庭にいらっしゃるんですか?
そういえば、以前の書き込みに、
身内の方が・・・っと、おっしゃっていたのを思い出しました。

で、私の方は、26日と28日は大学院があるのですが、
27日は時間があります!!!!
ぜひ!←なにが?ですよね(笑)
もし、よろしければ、村上さんのご都合のいい時間など、
教えていただけると嬉しいです。
あ、後ほど、ブログに掲載されていたメールアドレスに、
メールを送らせていただきます!

村上吉文 URL 2009-01-20 (火) 17:40

ご紹介いただき、恐縮です。
世界の言語が日本語でしたら、日本語教師もまず仕事に食いっぱぐれることはありませんよね。特にネットだと、学習者の数の違いで採算が取れたり取れなかったりしますから、英語の人がうらやましいです。

ところで、今月の26,27,28日の三日間、恵庭にいるんですが、お忙しいですか?


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英語と日本語と、自分。

 
buko 
 
 
あなたの母語は、何ですか?

日本人なら、迷わず答えられる。
日本語です」と。
そして、何ごともなく使いこなせる。

しかし、長く日本に住んでいるけれど、
日本語が全く話せない、という外国人や、
自分は日本語がぺらぺらだけど、
親は日本語がわからない、という外国人は、
彼の母語は、親の言葉でも、
使いこなせなかったりする。

今日は、そんな外国人の人たちと会ってきた。
そして、帰宅したあと見た村上さんのブログ。
今日のあたしの気分に、メガヒット。
↓こちらです

『日本語が亡びるとき』 (むらログ 2009/01/10)
  (村上さん、いつも勝手に話題にしてすみません;;;)

ということで、勉強しなきゃーーーーっ!
と、かなりいい感じで焦燥してるのだけれど、
これを書いてから、始めることにした。

村上さんのブログでは、『日本語が亡びるとき』
という本の紹介と、感想などが書かれていた。
しかし、あたしは、まだこの本を読んでいないので、
本自体のことは、実は、何も言えないし、
これから書こうとすることが、
この記事と直接的に関係しているわけではないのだけれど、
気分的にはメガヒットだったのだ。
↑わけわかんない

たぶん。

日本語が世界の言語の中で、
「絶滅危惧種」に指定されているらし~ということを、
一昨年の研究生時代に、とある授業で知り、
同時に、言語教育に関わるということについて、
違った面白さと難しさを、英語教育という観点から知った、
ということがあり、そして、今日の外国人のことも手伝い、
メガヒットだったのだと思う。

んで。

今年、院生になり、今書いた授業を再び履修したのだけれど、
その先生の授業は、何度受けても、非常に面白くてね。
先生の話も面白いし、考えさせるテーマも、
「先生」になりたい人にとっては、魅力的なの。
これは、あたしだけの意見ではなく、
受講している院生の大半が、口をそろえてそういうの。

で。

今回、日本語が亡びるということをうけて、
このブログを書こうと思ったのは、
英語を含めた言語学習について、
ちょっと考えてみたかったから。

そもそも。

英語が話される世界というのは、
どういうものなのか、ということを考える機会は、
あたしたちには、意外と少ない。

あたしは、英語教育を専攻しているわけではないので、
世界における英語の位置付けや、その歴史等々には、
正直、あまり強くはない。
しかし、考えることは、しばしばある。

たとえば。

日本では(でも)盛んに英語英語と言われ、
小学校から導入された英語について、

何のために学ぶのか?

ということについて、もし、小学生に聞かれたら、
みんなは、何て答えるのだろうか?
という興味がある。
その答えの正しさは別として、
こう答える人が多いのではないだろうか?

世界「共通語」だから
英語「ぐらい」話せないと、将来、困るから

あたしが子どもなら、きっと、こう言うだろう。

日本人なのに、なんで英語を勉強するの?
外国に行かないから、英語なんて話せなくてもいい。

問題は、子どもがどういうか、ではなく、
質問した子どもに対し、
自分なら、どうこたえるか、だと思う。

なんとなく、英語が話せないと、

「おくれている」感じがする
「勉強ができきない」感じがする
「将来こまる」感じがする

というより、世の中の風潮が、そんな感じ。

というのが、一番、多いのではないだろうか?
自分の意見ではなくて、

なんとなく、世間がそんな感じで、
テレビやメディアでも、そんな感じで、
だから必要なんだよね?

という「なんとなく」という漠然とした、
それでいて「強く」必要だと思う感覚。

たしかに、話せないと、不便だ。
いや、英語はできる方がいい。
今のあたしの生活を考えても、
大学院では、まず、読めることが求められ、
日常生活では、あたしのファミリーに外国人がいるため、
聞けて話せなければ、コミュニケートできない。

だけど。

あたしの場合は、学問として、
英語で書かれているものが多いために、
読みたくなくても読まなければならない、
という現実。

→なんで英語なの?

ファミリーとコミュニケートしたくても、
相手が日本語知識がほとんどなかったりすると、
日本語では、全く意思疎通ができない、
という現実。

→なんで日本語じゃないの?

こういう現実と、そして疑問。

でも、学校で勉強する英語は、
「コミュニケーションできるように」とうたわれているが、
いったい、そのコミュニケーションする相手は、
誰なのか、わからない。

アメリカ人?
イギリス人?
ロシア人?
ドイツ人?
エジプト人?
ブラジル人?

海外にいる外国人
大人?子ども?学生?ビジネスマン?
日本にいる外国人?
労働者?就学生?近所の人?

あたしたちは、漠然とした「英語を話す人」、
しかも、アジア人ではない人種を想定して、
多くは学習されていなるのではないか?
という疑問がわく。

そして、学問のための英語、ということにも、
何の疑問も持っていないような気がするのだ。

実は、英語教育をを通して、
英語のバイリンガルたちが抱えるアイデンティティの問題、
英語圏に住む人々の発音の問題による差別的待遇、
その他、色々問題を学びながら、
日本語でも同じことが言える場合が結構あると気がつき、
授業では先生の問いに、なかなか答えられないことがあった。

授業では、こんな本を読んだ。


1冊は、David Crystal の
『English As a Global Language』で、
初版は今から10年以上まえである。
この本には、英語が世界語になった経緯や、
英語の将来になどについても書かれていて、
なぜ、英語なのか?ということを考えさせてくれる1冊。

でも、これは、今書いたように10前以上のモノ。

この10年で、英語の位置づけは、どう変わったのだろう?
日本だけを考えていてはいけないのだけれど、
少なくとも、日本でも動きがあった。
この間も、また、英語教育の方針が、変わったしね。

で、もう一冊の本は、Jennifer Jenkins の、
『English As a Lingua Franca: Attitude and Identity』
という本で、Jenniferは、英語のアクセントについて、
アイデンティティの話と絡めつつ、
legitimacy(正統性)やnorm(規範)などについて、
書かれている。
そして、

世界英語ってなに?
グローバルランゲージって?
アクセントは正しくなくてはいけいないの?
その地方における独特の訛りがある英語は英語じゃないの?

などなど、多くの問いを投げかけている。
ちなみに、Jenniferはイギリス人だそうだ。

このJenniferの方は、面白かった。
って、授業では、まだ発表が残っているんだけどね、
しかも、あたしの(笑)。

たとえば、ちょっと考えてみよー。

あたしたちは、英語を習い、勉強してきた。
でも、いざ、話すとき、

英語らしい発音で話していた?
教室では、どうだった?
日本人っぽい発音をしていなかった?
それは、どーして?
恥ずかしいから?
どうして、正しい発音だと恥ずかしいの?

日本人らしい発音をするということが、
いったい、何を意味しているのか?ということを、
あたしは、意識していなかった。

これを、日本語教育で考えてみると、
また違った解釈ができるのかもしれない、と思う。

海外における学習者が、クラスで発音する。
その国の訛りのある発音。
上手な発音をさせたい教師と、
母語干渉のある発音をする学習者
上達したいといいながら、
皆の前では、訛りのある日本語話す。

何が見える?

あたしは日本人だから、
たぶん、いや、確実に日本人のnormがある。
言語的にも、社会的にも。
そして、学習観やさまざまなビリーフを持っている。

先日、この英語教育のとは違う授業で、
先生がおっしゃった、

「自分自身の学習観を知る」

ということは、まさに、自分の中にあるnormや、
legitimacyを知ることでもあるなーと、
しみじみ思うのだ。

村上さんの記事とは、
直接的に関係ない話になってしまったのだけれど、
世界における英語を学ぶことを日本人が考えることと、
世界で日本語が学ばれていることを日本人が考えることは、
実は、とても大切なのではないか、とか、思ったのでした。

てか、ここまでくるのが、なげぇーよ(笑)。

やば。
のんびり書きすぎた(笑)。

というわけで、今宵は、そんなことを思いつつ、
英語の文献を読み、レジュメを作成します(笑)。

ああ、世界の言語が日本語だったら、
こんなに苦労しないのにね。
英語圏の人には、わからない苦労だよ。
情報を得ることがこんなに大変だ、なんてね。

この子も、一生わからないけどね(笑)。

buko 

お気に入りのおニューのベッドより、
愛を込めて。

では、また明日。


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猫→村上吉文さま URL 2009-01-21 (水) 00:02

> ご紹介いただき、恐縮です。

いえ、いつも、勝手にリンク、すみません。
今回も、自分にとって、なんか、
タイムリーな話題だったもので、
ほんと、すみません;;;

> ところで、今月の26,27,28日の三日間、恵庭にいるんですが、お忙しいですか?

え!?恵庭にいらっしゃるんですか?
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村上吉文 URL 2009-01-20 (火) 17:40

ご紹介いただき、恐縮です。
世界の言語が日本語でしたら、日本語教師もまず仕事に食いっぱぐれることはありませんよね。特にネットだと、学習者の数の違いで採算が取れたり取れなかったりしますから、英語の人がうらやましいです。

ところで、今月の26,27,28日の三日間、恵庭にいるんですが、お忙しいですか?


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