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小難しく言う理由。

 
the Vancouver Olympics

今日は、フィギュアで感動した人、
きっと多かっただろうねぇ。
あたしも、例に漏れず。

ただ。

スズキ選手のだけ見逃してねぇ。
昼も、夜の再放送も、両方…。
トホホホホ。

そんなんで。

フィギュアが終わったことで、
あたしのオリンピックも終了し、
あとは、本気で調査準備等々に突入。
いや、今までも本気でしたが(笑;)、
さらに、本気で!
ということにしてください(笑)。
↑誰に言ってるの?

さてさて。

今日、Amazonから本が届いた。
ワークショップに使えそうな、
そんな本である。

この本の情報は、twitterから得た。
twitterは、フォローしている人からの、
いろいろな情報を得られるのがいいところ。
特に、本のレビューなんかは、
そんなのもあるんだ?という発見が、
地味に多いと気が付いた。

でも。

実際にそのレビューをもとに、
購入したことはなかった。
で、今回買ってみた。
専門書ではないが、

人にものを伝える

ということが、
わかりやすく書いてある。
といっても、まだざーっとしか、
読んでないんだけども。

で。

最近、「人に伝えること」について、
多々思うことがある。

あたしは、自分の専門の事に関しては、
まだまだ全然わかってないと思っているので、
大学院や研究関係の人の前で話すときは、
今ひとつ要点を得てないというか、
だめじゃない?という感じのくせに、
じゃー、専門と関係無い人に、
自分のその領域のことを話すとなると、
小難しい言い方になっているかも?
と感じることがあるのだ。

別の言い方をすると。

自分が不十分だと感じている環境下では、
説明不足になりがちで、
わかりやすい説明が必要な環境下では、
説明が不明確になりやすい、
という感じ。

要は、どっちつかず状態なのであーる。

それ自体は、何の自慢にもならないが、
小難しく言ってしまうことには、
大別すると3つ傾向があるように思う。

小難しくいうのは、

①「知ってる風」雰囲気を出したいから
②聞き手の能力の問題で自分には関係ないから
③説明する内容について単によくわかってないから

みたいな感じ?

大別なので、細かく分類すると、
まだまだあると思うけど、
上の①~③を言い換えると

①自分の有能さの誇示
②相手への責任転嫁
アホなだけ

になるのかな?とか思う(笑)。
で、もちろん、あたしは、

アホなだけ

に属しちゃうんだけど(笑;)、
わからない人に、わかるように説明するのは、
説明する事柄について、よくわかっている、
ということが求められるということを、
今更ながら、痛感しているのだ。

そして、それは、「想い」だけではダメで、
ある程度のスキルも必要になってくる。
で、そのスキルは、場数が必要なんだけど、
ただ場数を踏むだけではなく、
よく考えて行い、そのあと自分で振り返り、
+他者からのフィードバックがあると、
よりいいんだなーということが、
頭の中だけではなくて、感覚として、
最近わかってきた。

いつも書いている(←ホント?)けど、
言うは易く行うは難し、なわけで、
偉そうなこというだけなら、
誰でもできるのだ。

何もしないで高みの見物している人の、
心ない言葉に心痛めるよりも、
失敗して恥をかいても、
経験を重ねることの方が、
よっぽど意味があるし、
価値もある、と思う。

あたしは大学院に入って、
脳みそのシワじゃなくて、
眉間のシワが増えたんだけど(笑)、
最近は、シワの甲斐あって(←謎)、
人から指摘されたり、
批判(あくまでクリティカルな)されても、
全然(とまではいわないが)平気になった。

むしろ、悦!

ということもあるくらい、
カッコ悪いなーとか、
恥ずかしいなーとかの基準が、
変化していることを実感しているのだ。

もちろん。

前述の通り、何もしない高みの見物者の、
心ない一言には頭に来ることもあるし、
気分が悪くなることもあるけれど、
そういう人は、そういう人なんだ、
と心底思えるようになった。

昔、あたしは、
人とコミュニケーションをとるときに、
「自分が発している言葉」と、
「気持ちや考え」にズレが生じるのが、
すごく嫌だった。
だから、多くの言葉を使って、
人に説明してきた。
今考えると、

かなり鬱陶しい(笑)。

そういうことは、恋人だけにしてくれ、
といいたくなるようなことを、
だれかれ関係無くしてきたように思う。
今もそのケが全くないとはいわないが、
鬱陶しいほどにそうしていたのは、
念を押させていただくが、

「昔」である(笑)。

で。

どうして、ズレが生じるのが嫌だったのか?
それは、誤解「されたくない」からだ。
限りなく自分の気持ちや考えに忠実に伝え、
それで、イヤだとかダメだとかいわれるなら、
納得もできる、という発想。
ここには、

「聞き手の気持ち」

は考慮されていないということが、
今ならわかる。

伝える」ということが、
「双方向」ではなく、
「一方向」だった。

でも、そのときは、わからなかった。
だから、「双方向」にするためには、
相手が理解できるように伝える
ということが大切なんだということを、
よく考えなくては、と思うのだ。

誤解「され」たくない

じゃなくて、

誤解「させ」たくない

解釈は相手に委ねても、
誤った情報にならないように、
きちんと、伝えなくちゃね。

アホなだけ

にならないように、
自分自身も、経験を積まなくちゃ。

とか思う、2月最後の金曜は、
まだまだ、夜が長いぜ(笑)。



  ↓いつもありがとうございます。
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